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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)217号 判決

原告 和田工業株式会社

右代表者代表取締役 和田兼

右訴訟代理人弁護士 吉原省三

同 川端楠人

同 吉原弘子

被告 特許庁長官 佐々木学

右指定代理人法務事務官 板井俊雄

〈ほか三名〉

主文

被告が昭和四二年一〇月二七日付でした登録第七三四、〇六八号実用新案についての抹消登録処分の取消を求める原告の請求は、これを棄却する。

被告が原告に対し登録第七三四、〇六八号実用新案にかかる抹消登録処分の取消を求める異議申立事件(昭四二特総第三、一六〇号)について昭和四四年九月三〇日付でした異議申立却下の決定の取消を求める原告の本件訴は、これを却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

(一)  被告が昭和四二年一〇月二七日付でした登録第七三四、〇六八号実用新案についての抹消登録処分は、これを取り消す。

(二)  被告が原告に対し、登録第七三四、〇六八号実用新案にかかる抹消登録処分の取消を求める異議申立事件(昭四二特総第三、一六〇号)について、昭和四四年九月三〇日付でした異議申立却下の決定は、これを取り消す。

(三)  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告

(一)  本案前の申立

(1) 原告の訴は、いずれもこれを却下する。

(2) 訴訟費用は、原告の負担とする。

(二)  本案についての申立

(1) 原告の請求は、いずれもこれを棄却する。

(2) 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二原告の請求原因

一  事件の経過

(一)  原告は、つぎのとおり、実用新案の登録出願をし、その登録を受けた。

出願    昭和三七年六月二一日

出願公告  昭和三八年一〇月二一日

設定登録  昭和三九年三月一一日

登録番号  第七三四、〇六八号

考案の名称 プラスチック製の割ばし、ストローケース

(二)  原告は、昭和四一年二月一七日、訴外東和化成株式会社に対し、右実用新案権について、地域を日本全国、期間を七年間、内容を製造販売とする専用実施権を、対価金六五〇、〇〇〇円で設定し、同年六月二八日、その旨の登録がされた。

(三)  ところが、被告は、右訴外会社に登録料の納付がされていない旨を通知することなく、昭和四二年一〇月二七日付で、右実用新案権が第四年分の登録料不納のため、実用新案法第三三条第三項により、昭和四一年一〇月二一日消滅したことを理由として、その抹消登録をした。

(四)  原告は、昭和四二年一二月四日、右抹消登録処分につき、行政不服審査法にもとづく異議申立を行ない、右抹消登録処分の取消を求めたが、昭和四四年九月三〇日付で本件異議申立を却下する旨の決定がされ、同決定は、同年一〇月六日原告に送達された。

(五)  右決定の理由は、次のとおりである。

「実用新案権は、法定期間内に登録料が納付されなければ、実用新案法施行規則第六条第一〇項において準用する特許法施行規則第六九条の規定による通知の有無にかかわらず、法律上当然に消滅するものであり、特許庁の処分は何ら介在しない。

また、本件のような権利消滅に基づく抹消登録は、消滅の事実を登録原簿に表示するにすぎないから、行政不服審査法第二条にいうところの処分には該当しない。」≪以下事実省略≫

理由

一  抹消登録手続の取消を求める原告の適格

請求の原因によれば、原告は、本件抹消登録手続の取消を求める訴において、被告が実用新案法施行規則第六条第一〇項によって準用される特許法施行規則第六九条に定められた、登録した権利を有する者に対する通知を怠ったことにより、実用新案法第三三条第三項に定めるところの実用新案権者が登録料を追納できる期間内に登録料および割増登録料を支払わなかったとの要件をみたしたことにならず、いまだ原告の実用新案権は消滅していないのに、被告が登録を抹消したことは違法であるとしてその取消を求めていることが明らかである。そこで以下、右請求原因に関連して、原告の適格上問題となりうべき点を順次考察する。

(一)  実用新案登録の抹消と行政庁の処分

実用新案法第一四条第一項は、実用新案権は設定の登録により発生すると規定する。右規定は、通常たとえ設定登録がなされたとしても、実用新案登録出願について登録すべき旨の査定すなわち権利を与える旨の査定がなされていない場合には権利は発生しないものと解されている。しかしながら、右の解釈は、直ちに設定登録が権利の発生には不必要であるということを意味するものでないことはいうまでもなく、右規定がある限り、実用新案は、その実質的な要件である権利を与えるべき旨の査定と、形式的要件としての登録とを具備することによって、はじめて権利となりうることを示すものである。そして、右の考察をさらに敷衍するならば、少くとも実用新案登録は、その設定に関する限り、単なる権利発生の確認的な行為ではなく、実用新案権を付与すべき手続の一環をなしていることは明らかであり、権利付与行為の一部と解すべきものである。また、実用新案法第二六条によって準用される特許法第九八条第一項第一号は、特許権の移転、放棄による消滅または処分の制限は、登録しなければ、その効力を生じない旨を規定している。そして、右規定を、前叙権利の設定に関する実用新案法第一四条第一項と合わせて考えるとき、実用新案における登録は、その効力発生要件であると同時にその存続の要件であるということができ、右のとおり解する限り、設定登録の場合の登録の効力とその権利が存続するうえにおいての登録の効力とは同一と考えられるから、権利が存続するためには、それが権利として存在しうべき実質的要件と形式的要件としての登録が存在しうければならないことになる。すなわち、実用新案登録は、権利の存在の単なる表象ではなく、権利が存在するための一つの要件であるといわなければならない。もっとも、右特許法第九八条第一項第一号には、登録しなければその効力を生じない権利の消滅の場合として、放棄による消滅のみしか掲げられていないから、あるいは右以外の事由による権利の消滅の場合には、その権利の消滅事由の発生と同時に登録も当然にその効力を失い、かかる登録の抹消手続は、単なる事後的な登録事務の処理であるということもできないことはないであろう。しかしながら、権利の存続期間終了の場合のように、その権利の設定の登録のときから、その終期が定まっていて、その存続期間の満了とともに登録も当然効力を失うと考えられる場合は格別、本件において問題となっている登録料の不納による権利の消滅の場合には、少くとも権利の存続中に発生した新しい事実のために当該権利が消滅してしまう場合なのであるから、かかる事由の発生によって登録もまた何らの手続を要ぜず当然に無効になってしまうとみることはできない。けだし、前叙のように登録をもって実用新案権の発生および存続のための形式的要件と解し、権利の実質的要件と並存させるべきものとするならば、何らの形式的な手続なくして登録が当然無効となってしまうとすることは、権利存続の形式的要件としての実用新案登録の性格を無視することになってしまうからである。してみれば、右登録は、権利の発生の場合のみならず、その消滅の場合にあっても、その抹消の登録は、単に権利の消滅したことを登録上明らかにする確認的な行為であるにとどまらず、権利が存続するための要件の一つを消滅させてしまう行為であるというべきである。したがって、登録料および割増登録料の不納により実用新案権が消滅したことを理由として、その登録を抹消することは、被告主張のような単なる確認的、公証的行為にとどまるものではなく、権利存続のための要件の一つ、ひいては権利そのものを消滅させるための行為であり、実用新案登録令第六条第一号が特許庁長官の職権事項として実用新案権の消滅の登録を掲げている点からみても、まさに被告の本件抹消登録手続は、行政権の権力行為であって国民の権利義務に直接法律的変動をもたらす効果を有するものというべく、この意味において行政事件訴訟法における行政庁の処分ということができ、同法における抗告訴訟の対象となるものといわなければならない。

(二)  抹消登録処分の取消を求める法律上の利益

(1)  被告は、原告が本件訴において主張する実用新案権は法定事由の発生により何らの処分を要せず当然に消滅しているのであるから、その登録のみを回復しても、何ら権利の実体には関係がなく、かかる登録の回復を求める訴は、法律上の利益を欠く旨主張する。しかしながら、実用新案における登録をもって権利の発生および存続に関し、その権利の実質的要件とならぶ形式的要件と解すべきものである以上、たとえ、登録査定を経、実用新案としての実質を備えていても、登録手続がされない限り、権利が発生し存続することはないのであるから、かかる実質的権利が存在することを主張して、登録あるいは抹消された登録の回復の請求をなしうるものといわなければならない。もっとも、本件においては、登録の回復を正当ならしめるべき事由は同時に、権利を存続せしむべき実質的要件と同一であり、実用新案登録制度上、実質的な権利の存在しない登録は結局無効であるから、実質的要件の存在しない権利につき登録の回復を求めても何ら法律上の利益がないともいえる。しかし、右のとおり、登録をもって実用新案権存在のための形式的要件と解するとき、かかる形式的要件は、また実質的要件をも含む全体としての実用新案権の一部であり、たがいに権利の存続に欠くことのできない要素であるから、その登録の抹消はやはり実用新案権を消滅させる処分の一部となる。したがって、本件のごとく、原告がその抹消登録の回復を求める場合、その訴は必然的にその実質的要件をも含んだ実用新案権についての権利の回復の手続を求める性格を有することになり、この点において実質的な要件は右請求を理由あらしめる事実となるわけであるから、それはまさに本案において判断さるべき事項であるといわなければならない。被告の主張は、結局実用新案権の登録をもって権利の実質的な要件に付随せしめることになるものであり、登録をもって権利の効力要件とする実用新案法の趣旨に反するものであるから、当裁判所としてこれを採用することはできない。

(2)  実用新案登録令第七条で準用する特許登録令第三四条は、「抹消した登録の回復を申請する場合において……」と規定し、登録が不適法に抹消された場合、その登録の抹消を受けた者は、回復登録の申請をなしうることを前提としているものと解される。本件における原告主張の事実のもとにおいては、右法条にもとづき、原告は、被告に対し、登録回復の申請をすることができるので、原告として右申請をなしうる限り直ちにその抹消登録の回復を求める訴を提起する法律上の利益を欠くのではないかとの疑義もないではない。しかしながら、行政事件訴訟法第八条第一項および第九条を総合すると、少くとも法律に当該処分についての審査請求に対する裁決を経た後でなければ処分の取消の訴を提起することができない旨の定めがない限り、あるいは右法律の規定がある場合において、審査請求に対する裁決を経た後は、たとえ他に不服の対象となった処分に対する救済の方法があるとしても、その取消を求める訴を提起することができ、かかる訴に対しては他に救済手段があることの理由をもって当該処分の取消を求めるにつき法律上の利益がないとなし得ないものと解すべきところ、右特許登録令第三四条の規定から類推されうる抹消登録の回復請求は、実用新案法第四八条の二によって準用される特許法第一八四条の二に定められた審査の請求とは到底解し得られず、また、本件においては、原告が不服を申し立てる抹消登録処分について、異議の申立がなされ、その裁決を経ていることは当事者間に争いのないところであるので、爾余の点にわたり判断するまでもなく、たとえ右のごとき救済手段があるとしても、原告が本件訴を提起するにつき法律上の利益を欠くということはできない。

二  抹消登録処分取消請求の本案についての判断

原告は、請求原因一の(一)記載の実用新案の設定登録を受け、昭和四一年二月一七日、訴外東和化成株式会社に対し、右実用新案権について専用実施権を設定し、同年六月二八日、その旨の登録がなされたところ、被告は、昭和四二年一〇月二七日付で、右実用新案権が第四年分の登録料不納により昭和四一年一〇月二一日に消滅したことを理由として、抹消登録をしたが、その抹消登録に先立ち、被告が登録料不納の事実を前記訴外会社に通知しなかったことは当事者間に争いがない。

そこで、右登録料不納の通知をしなかったことの事実が、被告の本件実用新案権の登録の抹消を違法ならしめるかについて考察する。まず、実用新案法施行規則第六条第一〇項により準用される特許法施行規則第六九条によれば、特許庁長官は、同条所定の通知を実用新案権につき登録料の納付期限を経過した後、実用新案法第三三条第一項第三項に定める追納期限を経過しない間になすべき義務を負うものと解される。しかし、登録した権利を有する者に対し右規定による通知がなされなかった場合の効果については、何らの規定もない。そこで、もし原告が主張するように、特許庁長官において、登録した権利を有する者に対し登録料の納付のないことを通知しない以上、実用新案権は、登録料を納付すべき時から六月を経過しても、消滅しないと解するならば、納付期限後六月以内に登録料を追納することを許し、もしその追納を怠れば実用新案権は登録料納付の期限にさかのぼって消滅するとする実用新案法第三三条第三項の規定は、特許庁長官が登録上の権利者に登録料の納付がない旨の通知をすることを条件とすることになる。しかしながら、実用新案法第三三条第一項の規定は、登録料の納付を怠った場合に納付期間の経過をもって直ちに権利を消滅させてしまうのは酷であるので、相当の割増料を徴収することにより、特に、その遅帯の責をまぬがれしめようとする法意に出たものであり、なおまた、同条第二項が、右追納期間内に登録料および割増登録料を納付しないときは、登録料の納付期間の経過の時にさかのぼって権利を消滅させるべき旨規定している点からみても、同項の規定をもって登録料不納の通知を条件とする右期間の伸縮を政令に委任しているものと解することは到底できない。また、実用新案権は、その権利者については、その考案の排他的支配を許し、利益をもたらすものであるが、他面、この考案を利用しようとする者の利害は、これと相反するのが通常であるから、その権利の消滅について定める法律の規定をもって、一種の例示ないしは訓示規定として、適宜政令によってこれと異った定めをなしうるものと解することもできない。そうとすれば、原告のように解することは政令によって法律を変更した結果をきたすことになり、右の点についての原告の主張は、不当であるといわなければならない。してみれば、特許庁長官において登録料不納の通知をしなかったとの右施行規則違背の事実があったからといって、それが直ちに、登録料の追納期限をすぎても権利を消滅せしめないとの効果をもたらすものということはできない。したがって、登録料の納付期間の経過により権利が消滅したことを理由に本件登録の抹消を行なった被告の処分に違法はないものといわなければならず、右抹消登録処分に違法があるとしてその取消を求める原告の請求は理由がない。

三  裁決取消の訴における原告の適格

原告は、本件裁決取消の訴において、前記二において判断の対象となった被告による実用新案登録の抹消登録処分に対する異議申立に対する決定(裁決)について、被告が右抹消登録は行政不服審査法における行政庁の処分にあたらないとし、異議申立を却下したのは違法であるとして、その裁決の取消を求めている。ところで、いま右裁決に違法があるか否かはさておき、右裁決における審査の対象となった実用新案登録の抹消登録処分は、前叙二において判断したとおり、適法であって何らこれを取り消すべき事由がないことが明らかである。そして、原告が本件において右裁決の取消を求める目的は、結局前示抹消登録処分が違法であるとしてその取消を求めることにあるから、右のようにその原処分について何ら違法性がなく、取消事由を欠く場合には、これに対する裁決の取消を求めることは、法律上の利益を欠くものといわなければならない。

四  結論

叙上のとおり本件において、原告が実用新案登録の抹消登録処分の取消を求める部分についてはその理由がないのでこれを棄却し、右処分に対する異議申立についての裁決の取消を求める部分については、その取消を求める法律上の利益がなく、原告は適格を欠くのでこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒木秀一 裁判官 宇井正一 元木伸)

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